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あれ。これ何だっけ。






ふと、そんなふうに思うことがある。



そして決まって答える。






ああ。
これは明日出す書類だ。



例えば、

ああ。
これは紙ばさみだ。



例えば、

ああ。
これは交差点の停止線だ。


ああ。
食器棚だ。ガードレールだ。靴の中敷きだ。






そう思うことがある。






記憶喪失ではない。
出くわした瞬間思い出せないそれとは違って、
この現象は、
何かに出くわしてそれを観察しているうちに、それが何なのかよく分からなくなってくるのだ。






これがなかなか厄介で、一旦始まるとこれは収まるところを知らない。



目の前にあるそれは、
例えばいつも使ってる腕時計だと自分にいい聞かせようとすればするほど、
私の頭はまるでタイムスリップしたかのように、腕時計の形を私の知らない別の形へ変えていく。






あれ。



何だったっけこれ。
知ってるはずだよな。
おかしいな。
だんだん知らないものに見えてくるぞ。



違う違う、これはいつも使ってる腕時計で…



いや違う。何だこの物体は。






こう来るのだ。






まずいことに、
最近私はこの分離に出会う頻度がだんだん多くなっている気がする。



記憶喪失ではない。
認識済みの物体の「見た目」と「性質」の分離。
これがだんだん深刻になってきているのだ。



ゆっくりと、でも確実に頻度を増して。










「勇太ぁ。いるかー」



…あ、吉川だ。
そういえば今日映画観に行く約束してたな。



「勝手に入るぞー」
「おう」



また勝手に人ん家に入んのか。大人になっても変わんねぇ。



「よう、俺新しい車買ったんだ。今日俺のやつに乗ってけよ」



車変えたのか。金持ちめ!




前のどういうやつだったっけ。つかこいつ車運転できたっけ。






あれ。



つか車ってなんだっけ。






…来た。
やばいぞ。
車ってなんだっけ。






「すげぇんだぜ。軽だからってナメちゃいけねぇ。走行中の騒音がな…」



やべえ吉川、車ってなんだっけ。
吉川。おい吉川。



…吉川?






吉川。吉川吉川。よしかわ。
よ し か わ



あれ。






やばい。






吉川ってなんだっけ。






待て待て待て、こいつは俺の友人だろ。高校からの付き合いで、今日映画観に行くって約束してて、






…違う。






吉川ってなんだ。
誰だこいつは。






「だから実のところ誰も乗らせたくなくてよ、」



「あのさ、話してる途中悪いんだけど」

「…あ?」










「お前誰だっけ?」










俺の友人の吉川。



友人ってなんだっけ。
俺ってなんだっけ。








俺って誰だっけ。









(吉川と俺)







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